久々にお互いの休みが重なったので今日イギリスは日本の家に遊びにきた。
日本が見たがり借りてきた映画を見て、恋人同士の時間をゆったりと過ごす。



普段なかなか恋人らしく過ごすことのできない二人である。
空気の読めない弟分にも、口うるさい日本の兄きどりの中国にも 邪魔されないこのひと時はイギリスにとってこの上なく幸せな時間だった。




「イギリスさん、お待たせしました」

居間でDVDをセットして待っていると二人分のお茶と菓子を持った日本が戻ってくる。

「お、ありがとな」

日本の家に遊びに来ると振る舞われるそれは自国の紅茶とはまた違った味わいがある。



日本がちゃぶ台にお茶を置き、座ったのを見届けてスタートボタンを押す。




映画は一人の男とその恋人の話で、こう言ってはなんだがよくある話であった。

(日本はこういうの結構好きだよな)

悲劇のヒロインものというのはどの時代にも需要があるものだ。


ヒロインとの結婚のために男は実家に戻り、その途中で事故に遭ってしまう。
そして記憶が無くし家に戻ることとなり、親の決めた婚約者と会う。
いっぽう、帰ってこなくなった恋人を探すためヒロインは単身東京に出てくる。
右の左もわからぬ土地で恋人の家を訪れ、その近くで働くことを決める。


そこで彼女を待ち受ける数々の障害。
男の婚約者の登場。男の弟は健気なヒロインを愛する様になる。一族内の権力争い。戻らない男の記憶。
幾重もの苦難が彼女を傷つける。
そのたびに彼女は泣き絶望に陥った。




真剣に見ている日本には悪いが、イギリスにはこの男が愚かに見えて仕方がなかった。

だってそうだろう。
彼女は彼のために知る人もいない遠い地に来たのに、男は過去の自分を探すこともせず 婚約者の女と過ごし、自分の記憶がないことをうじうじと悩んでいる。

一人知らない土地に来るのがどれほど不安で恐ろしいことか。
誰も味方のいない彼女の孤独や悲しみはあまりに大きいだろう。

そんな自分を追って来てくれた最愛の恋人の前で、婚約者へ送る指輪の話をする。

彼女を傷つけてしまいながらも、でも確かに不器用に彼女を愛する男の弟の方が、よほど彼女を想っているではないか。


本当に彼女を愛していたのなら、何があっても記憶を取り戻す努力をするべきだろう。
こんな中途半端なまま婚約者と結婚するなんて、彼女にも婚約者にも失礼だ。




映画が中盤に差し掛かり、男と婚約者の結婚式のあと、 声もなく号泣するヒロインのシーンでふと日本に目を向けてぎょっとする。

日本は映画の主人公のように声もなくただはらはらと涙をながしていた。


「に、日本!?」

そのイギリスの焦った声にようやく日本は自分が泣いていることに気づいたようだ。
着物の袖でそっと涙をぬぐう。

「ごめんなさい。あまりにもこの女性が、気の毒で…」

「いや、それはいいんだが…そんなに泣くような映画だったか?」


確かに悲しい話だったかもしれないが、いつもあまり感情を見せない日本が泣くほどのものだったろうか。

イギリスには日本はいつも淡々といろいろなものをあるがままに受け入れているように見えていた。
すぐに感情的になる自分とは違いふだんからひどく落着いているように思っていたのだが。

(それが少しだけ不安だった)





日本も自分が泣きだしたことに困惑していた。
なぜこんなにも悲しく胸が締め付けられるのだろう。
よくあるラブストーリーではないか。
不安そうに心配そうに自分を見ているイギリスを見て日本はその理由に気付いた。

(あぁ、そうか。彼女はあの頃の私と似ているのか)


大戦中もその後も、日本はずっと不安だった。
この逢えない間、イギリスに他に想う人が出来てしまったらどうしよう。
そんな不実な人でないのはわかっている。
しかし、逢えない時間はあまりにも長すぎた。

信じている。
でも。
でも、もしかして、だ。

もし万が一にも彼の弟や、自分よりずっと長い付き合いのフランスに彼の隣を取られたらどうしよう。
こんなにも遠い土地からで、今の自分はあまりにも無力だ。


そんなことを考えるのはイギリスに対して失礼だとは思った。
でも、会えない時間は、彼と自分とを妨げるこの距離は、とてつもない不安を与えたのだ。
どれだけ考えないようにしていても、ふとした瞬間その考えが頭をよぎる。


できることなら、彼女のように飛んで行きたかった。彼のもとへ。
自分にはそれが許されないとわかっていてもすべてを捨て彼のもとへと行きたかった。




今は違う。
逢いたいと思えば時間はかかるが彼に自由に会うことができる。

今、彼のぬくもりを近くに感じて、もうこのぬくもりを手放すことなんてできない。

(だから、わたしは)



「ねぇイギリスさん」

「なんだ?」

ようやく話しだした日本に、イギリスは優しく先をうながす。

「もし、ですよ」

「?」

イギリスは不思議そうな顔をしている。

「もし、私たちが遠く離れて、貴方があの男性のように記憶をなくしても、私は彼女のように 貴方を探しに行きます。どんなに遠くても、たとえそれが地獄だって必ず貴方に会いに行きます」

「日本…」


きっと、きっと、会いにいきます。と言った日本に、イギリスは一瞬言葉を返すことができなかった。


日本も、自分にはわからない不安を抱いていたのだろうか。
自分たちの距離に不安を感じていたのだろうか。


一瞬の後、自分を東洋人特有の漆黒の瞳で見つめてくる日本をイギリスはきつく抱きしめた。


「イギリスさん?」

「もし、万が一俺の記憶がなくなってお前を忘れたとしても、絶対にお前のことだけはどんなことをしてでも思い出すからな」

必ずだ。




イギリスのぬくもりを感じながら、日本は今自分は誰よりも幸せだと思った。

あの大戦のとき時、自分は彼との別離を嘆くのではなく、彼に会いに行くべきだったのだ。
彼の心変わりを恐れるのではなく、彼のもとへ飛んでいくべきだったのだ。
たとえ、どんな障害があったとしても。
この映画の彼女のように。



(でも、もう間違えない)


もう自分はこの手なしでは生きていけないのだから。
そして、おそらくイギリスもそうなのだろうと確かに思った。




テレビではエンドロールが流れてる。



「映画、終わってしまいましたね」

「そうだな」


「最後のほう見れませんでしたね」

「また最初から見ればいい」


「ねぇイギリスさん」

「ん?」


「もう少しだけ、このままでもいいですか?」

「…あぁ」




しっかりとイギリスの服を握りしめ、かすかな声で呟いた日本を、イギリスは強く強く抱きしめた。











星の銀貨

((どうか、ずっとこのままで))


















加筆修正:2010/8/18

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映画は某ノリピーのドラマをモチーフに
このときちょうど再放送を見てハマってました。本気で泣けた。