「英賓。ちょうどいい所にいた。将軍を見なかったか?」
それは、なんてことのない昼下がりのこと。
廊下の奥から歩いて来たのは専門は違えどお互い好敵手と認めあっている友人であった。
その頑固で真面目すぎる性格から、多少なりとも敬遠されがちな人物だが、
英賓はひたすらに上を目指し続ける友人をそれなりに好ましく思っていた。
「将軍に用事か?」
「あぁ。少し稽古を見ていただこうと思ってな。どこにいらっしゃるか知ってるか?」
「いや、あ〜知っていると言えば知っているような、知らないと言えば知らないような…」
そうされるのを友人が嫌うことは承知で言葉を濁す。
英賓は己たちの軍の将軍である、文秀の居場所を知っている。
先ほど参謀である阿志泰と会ったとき、たまたま将軍の話題が出たので、彼から雑談として聞いたのだ。
知っているのなら素直に教えてやればいいと思う。
しかし、その将軍の居場所を教えればこの親友の表情が曇ることも同様に知っていたので。
「なんだ、知っているのか知らないのかどっちなんだ?」
「いや、その…将軍は桂月香さまのところへ行ったそうだよ」
元述の顔から表情が消えた。
無表情となった友人を前に、だから言いたくなかったのだとひとりごちる。
しかし、元述が文秀を探している以上、城内の誰かからいずれ聞かされることはわかっている。
普段何かと馬の合わない阿志泰から聞かされるよりはマシだろうとバツの悪い思いで考える。
「なんでも今日は朝から具合が悪いらしくてお見舞いに行かれたそうだ」
まぁちょうど一段落ついたとこだしな、と。
言いづらそうに自分の持っている情報を告げる。
将軍である文秀が幼馴染で病気がちな桂月香を常日頃から気にかけており、具合が悪くなるたびに
心配して見舞いに行くのは周知の事実だ。
浮名を流す彼にはらしくないと思えるほど、一途に彼女を大事にしている。
傍で見ている分には心があったかくなるだけで済む話なのだが英賓には、いや、元述にはそれだけで済まない想いもある。
(しかしまぁ)
英賓は元述の気持ちを知っていたが、何故彼がここまであの人にこだわるのか理解できなかった。
確かに男として武人として憧れる人だ。
だが決して欠点のない完璧な人間だとまでは思わない。
なのに元述はあの人をそれこそ自分のすべてのように、世界のすべてであるかのように信じているのだ。
それこそまるで狂った信仰のように。
いもしない神に縋る愚か者のように。
英賓にはどうしてもわからない。
まぁ、そういうのって理屈じゃないんだろうけどさ。
そう、強引に自分に納得させる。
科学者は不思議を《ふしぎ》として飲み込むことは得意なのだ、と。
でも、それでも、よりによってあの人はないだろうと思う。
「そうか。悪かったな」
そう言って元述はもと来た道を引き返して行った。
消した表情にはいったいどんな感情が詰まっていたのか。
いつかそれが溢れ出て、すべてを飲み込む日が来るのだろうか。
なにも悟らせぬまま元述が去っていく。
その後ろ姿を眺めながら心の中で、まったくあいつは何でこうも不器用なのかね、と。
馬鹿正直な親友とたった一人の女性を想い続ける彼の人を思い浮かべて英賓は溜息をついた。
女房持ちとは知ってのことよ 惚れるに加減のできようか
(神様ってやつがいるんなら、いい加減どうにかしてやってくんないかねぇ)
加筆修正:2010/8/2