「いーちゃんいーちゃん、ちょっとイチゴ買ってきて?」

すべては玖渚のこの一言から始まった。




イチゴが必要なんだよ〜と、言い放った元引きこもりかつ生活能力0だった蒼い天才 (現在は社会復帰中)。
買い物くらい自分で行けばいいのに。
しかし、自分で料理を作ろうとするあたりいい兆候なのかもしれない。




3月の気温はまだ寒くて、自然と帰り道の足が速くなる。
早く家に着きたいと思った。
そう思った自分に恥ずかしいような照れくさいような気持ちを感じる。


変わったよなぁ、と自分で思う。
しかしその変化を悪くはないと思っていることこそが一番の変化なのかもしれない。



人のいない公園の前を通る。
あれ、今公園で何か動いたような…

誰もいない公園を覗き込むが、もちろん人など一人もいない。
やっぱり勘違いか。

ひとり納得し、早く帰るため踵を返す。


「お久しぶりです、ご主人さま」

突然背後から声が聞こえてきた。
驚きを顔に出さないように振り返るとそこには予想通りの人物。

中学生にしか見えない27歳のメイドさんが立っていた。


なぜ背後を取ろうとするんだ。



「久しぶりですね、ひかりさん」

「はいっ。ご無沙汰しております」

溌剌と答えてくれるひかりさん。やっぱりどうしても貴女は本当はいくつなのかと尋ねたくなる。
しかし、どうしたのだろうか。
国内とはいえあの島からくるのは大変だったはずだ。


「あの」

「あ、今日の用事ですね?いつもの通りです」

少し水を向けただけで答えをくれる。やっぱり察しのいい人だなと思った。

「もう一度あの島に…ですか?」

「はい。あの、それでお返事は」

「お断りします」

「ですよね。でも義務ですから」

そう言って苦笑するひかりさん。
いい加減イリアさんも諦めてくれないものだろうか。
この点におけるあの人の執念深さは何度断っても電話をかけてくるセールスマンに通じるものがあると思う。



「では、私はこれで」

「えっ?もうちょっといいじゃないですか。折角ですし玖渚にも会っていってくださいよ」

わざわざここまで来てくれた人をこれで追い返すほど僕は人として終わっていないつもりの僕。
だいたいこれは社会人として当たり前の礼儀だ。


いや、けっして目に優しいメイド服姿をまだ見ていたいからというわけではなく!!

いつもの通り、戯言ですよ?

脳内で誰に弁解しているのかそもそも弁解なのかすらよくわからないことを考えていた僕にひかりさんが優しげな声で言う。



「お気持ちはありがたいですが、お嬢様にもすぐ帰ってくるように言われてますし。 船も待たせていますからね。もう行きます」

「そうですか。残念ですね」

「ええ、とっても。あ、そうだ」

そういってバックの中から包みを取り出すひかりさん。なんだろ。

「今日ここに来たのはこれを渡すためでもあったんです。はい、私たち鴉の濡れ羽島一同からです」

「あ、ありがとうございます?」

「いえ。では、これで。失礼いたしました」

いつものように礼儀正しく美しい礼をして立ち去っていく。
残されたのは事情のつかめない戯言遣い一人。



とりあえず家に帰ろう。
一体彼女は何をしに来たのだろうか。
バレンタインは先月おわったしホワイトデイは男から渡すもの。
宙ぶらりんな疑問を抱えたまま家に歩き出す。



それにしてもせっかく来たんだから、玖渚にも会っていけばいいのに。
もしかするとあれはてる子さんだったのだろうか、などとあり得ないことを思う。






「よう、俺」

「なんだい?僕」


つぎに僕を待っていたのは、笑顔が素敵な殺人鬼だった。

二度と会うことはないんじゃなかったのかよ。


「かはは。そう嫌そうな顔すんなって」

相変わらず何を考えてるのかわからないやつだ。
そもそも、指名手配の通り魔がこんなところを歩いていていいのか。

「なんのようだよ」

「たいした用じゃねぇさ。ちょっと届け物だ」

「届け物?」

そう言って零崎は鞄から八橋を取り出して僕に差し出してきた。

「ん。これは八橋と言って京都の名物だ」

「知ってるよ」

「やる。うまいぜ?」


以前のみいこさんとの会話を思い出させるようなやり取りの後、五月の爽やかな風の如く殺人鬼は去って行った。



いったいなんだったのだろう。

ホワイトデイは男がお菓子を渡す日で、零崎は男である。
一見なんの問題もなさそうだが、渡された僕も男でしかもバレンタインにあげた覚えはない。

僕の知らないうちに日本には新しい行事ができたのか。

女子の友チョコ的な感覚で?


……。


いまいち心の弾まない行事である。

明らかに一部の層にしか需要が湧かないであろうことが手に取るように予想できる。

たぶんその極一部は大盛り上がりだろう。







「ぉぃ」

何か聞こえただろうか。

「おい!」

久々に視覚に優しいメイドさんや、人間失格の殺人鬼を見て幻聴でも聞こえるようになったのか。

「おいっつってんだろ!俺はいじめられっ子か!!」

振り向くと見たことのある顔が、ここは小学校の荒れ果てた教室かっての!と言いながら僕を睨みつけてた。


「志人君……だよね」

「おう、志人君だよ。なんだテメーまさか忘れてたとでも言うのかよ」

「まさかこの僕がよりにもよって大事な友達である志人君のことを忘れるわけないじゃないか。 まったくどうしてそんな発想が出たのかすら理解に苦しむよ本当に」

表情一つ変えずにノンブレスで言い切った僕に志人君は顔をひきつらせていた。



「俺は軽い気持ちで言ったんだけどな。そこまで言われると逆に怪しい」

ジトリと僕を見てくる志人君に話をそらすつもりで「そ、そう言えば志人君はなんでここに?」 と聞いた。


「あ?あぁ。お前にちょっと用があったんだよ。じゃなきゃ京都くんだりまでわざわざ来ねえって」

俺だって別に暇だってわけじゃねえんだよ。

ぶつぶつ言いながらバックから何かを取り出す。
あれ?なんかこの光景さっき見たような…

「ほらよ」

そう言って手渡されたのは、包装用紙で包まれた四角いものだった。

「え?なにこれ?」

「いいから受け取れって」

「う、うん」

じゃ、帰るな。といって去っていく志人君に一体何なのか聞く気も起きなかった。




今日は何か特別な日なのだろうか。

お世話になった人、いやむしろお世話をした人やいい思い出のない人に贈りものでもする日なのか。
それとも、周りの人全員に感謝の贈り物をする日。
だとすると、誰にも渡していない僕はよっぽど不義理な人間になる。


贈り物をもらう日。
ん?今何か思い浮かびそうになったんだけど。







「いいいいいいいいいっくん!!」

「ああ、絵本さん。どうしてこんなところに?」

「ななななによ私なんかがうかつに道を歩くなっていうのそうよね。私はいっくんにあいたかったけど いっくんは私なんかに会いたくなかったのよね。そそそんなこともわからないで目の前に現れてごめんなさい。 空気の読めない馬鹿ですみません。ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! で、でも確かに私も悪かったけどそんな言い方しなくたっていいじゃない。わわ私だって傷つくんだから」

今日も絵本さんは絶好調だ。
このままほっといたらどれくらいしゃべり続けるのか見続けたい気持ちもあるが こんなアブノーマルそうな光景をご近所さんに見られたくはない。

「落ち着いてください、絵本さん」

「うううぅぅ」

「僕は会えてうれしかったですよ」

「ううう嘘よ嘘に決まっているわ。どうせ私なんかに付き合ってられないとおお思っているのよ」

「なにか僕に用事があったんでしょう?」

ようやく僕にも絵本さんとの付き合い方がわかってきた。
とりあえず彼女がなにか言い出す前にこちらから話を進めてしまえばいいのだ。

「うっうっこ、これ!」

そういって鞄からなにかを取り出す。
おなじみのパターンだ。こうなってくるとすこし捻りが欲しくなってくる。
取り出したものは…

ドーナツ?

そう言えば絵本さんはフレンチクルーラーが好きなんだっけ。

「あああああげる!」

僕にドーナツの袋を押し付けるとそのまま走り去って行った。



なんだったんだ。

僕は心の中で今日何回目になるかわからないセリフをはいた。









「ただいま」


ただの買い物に一年分くらいの体力を使い果たした気がした。

まさかあの後、沙咲さんや数一さんはともかく鈴無さんや狐さん、はては高海ちゃん達まで会うなんて。
どんな遭遇率だ。
みんながみんな京都に住んでるわけでもないのに。




「お帰り、いーちゃん!!」

ぎゅうっと玖渚が抱きついてくる。
せっかく買ってきたイチゴがつぶれないように気をつけて渡してやる。

「あっいーちゃん、直君から本が来てたよ」

「直さんから?」

渡された本は前々からぼくが読みたいと思っていた本だった。

「まだご飯まで時間あるし、読んでたら?」

せっかくそう言ってもらえたんだし、少し読むか。








「ん…」

周りを見回すともうすっかり暗くなっていた。
起き上がって玖渚のいるであろう部屋に向かう。
どうやら本を読み終わって寝てしまっていたらしい。


B リビングには電気が付いている。
何気なくドアを開けると突然クラッカーが鳴った。


驚いた。


「いーちゃん!誕生日おめでとーー!!」

叫びながら玖渚が飛びついてくる。


「えへへ。いーちゃん大好きっ!!」

「あ、うん。ありがと…」





そうか。今日は僕の誕生日だったのか。
忘れてた。

ということはみんながいろいろくれたのはどこからかわかないけど僕の誕生日を知って祝ってくれてたのか。


誰か一言ぐらい言えよ。

いや。ただの照れ隠しです。本当はすっげえ嬉しい。




「僕様ちゃんいーちゃんのためにケーキを作ったんだよ!!」

そういって得意げに玖渚が指さす先には少しいびつで明らかに手作りだとわかるショートケーキがあった。

朝から一生懸命作ってたのはこのためだったのか。



「いーちゃんへの愛をいっぱいこめて作ったから絶対おいしいはずなんだよ!! どうどういーちゃん!?僕様ちゃんの気持ち十分伝わった!!??」


テンション高すぎとか、じゃあそのイチゴを僕に買いに行かせるなとか言いたいことはいくつもあったけど。

にこにこ微笑みながら僕を見つめる玖渚を見て。

そんなことは言えなくなってしまった。



「いーちゃんが生まれてきて私と出会ってくれて本当にうれしいよ」


微笑む彼女に精一杯の笑顔で返す。

「ありがとな、友」




そうして僕は幸せの意味を実感したのだった。














〜おまけ〜

「そう言えば何であれだけいろいろもらって今日が誕生日だって気付かなかったんだろう。
みんなも誕生日について一言も言わなかったし」

「それは簡単だよ」

「お前わかるのか?」

「僕様ちゃんが潤ちゃんと直君に頼んで協力してもらったんだよ」


人類最強の請負人に不可能はないらしい。









戯言遣いは笑わない

(いーちゃん、大好きっ!!)




















加筆修正:2010/8/3