白い部屋。

他の色なんてない。彼の色もない。私の色しかない。単色の部屋。


大きなベッド。

誰もいない。彼がいない。私しかいない。一人ぼっち。



6年前と同じ。私は世界に一人きりだ。





初めて会ったときから、ずっと彼の事が好きだった。
つまらなそうな目で世界を見ていた一人の少年。
似ていると思った。同じだと思った。

そう、私の世界はすべてあの砂場で始まったのだ。



彼と出会い、言葉を交わして、どんどん私は魅かれていった。
彼の優しさも残酷さも弱さも強さもすべて愛おしいと思っていた。
空っぽだった私に生まれた一つの願い。

本当に優しくて本当に弱い彼のそばにいたかった。



すべてを終わらせた6年前のあの日。

あのとき、彼に置いて行かれたとき、私はきっと一度死んだのだ。 いや、そもそも生きてなどいなかったのかもしれない。
彼のそばでなら、自分がいると認識できた。生きているとすら思えた。


何故、彼がいないのに世界がシャットダウンしないのか、疑問でしかなかった。

一人きりの世界で過ごし続けるのは苦痛でしかなかった。




でも、彼は帰って来てくれた。私のもとへ。帰って来てくれた。
あの時に私が感じた途方もない歓喜を、彼はけして理解できないだろう。
どんな理由のもとでも関係なかった。
大事なのは、彼が、私のもとへ帰って来てくれたという単純な事実だから。
私の横に彼がいるという、独りが二人に変わったという、たったひとつの真実だから。






帰って来てしばらくして。
彼は変わってしまった。

少しずつ、でも確実に。

それは私のせいだったのかもしれないし、いーちゃん本人のせいだったのかもしれないし、 潤ちゃんとかアパートの人たちのせいだったのかもしれないし、誰のせいでもないのかもしれない。




カチリ、カチリと音がする。

6年前から止まっていた歯車が動き出した。
そのことは私と彼の間に残酷な別れをもたらすだろう。
私はずっと前からそれに気づいていたがそれからずっと目をそらしていた。
気付かないふりをしていたかった。

自分に嘘をつくのは得意だ。たぶん、彼よりも。
自分すら騙せたら、それはもう嘘つきの最終形態。
人としての終わりだ。




6年前、彼に呪いをかけた。それからずっとかけ続けてきた。

それは無駄な抵抗だったのかもしれないし、何か意味があったのかもしれないし、 人によってはそれを愛だというのかもしれない。
しかしそれは私にとってはひどく重要なことであり、大切なことだった。
幼いわたしの、精一杯の抵抗だった。

それが何だったかは今となってはどっちでもいいことだが、 できることなら愛と呼ばれるものであったらいいなとぼんやりと思った。




「いーちゃん」

誰もいない部屋に私の声が響く。

「いーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃん いーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃん」

空虚な空間に響いた声は情けなく震えていた。


「いー、ちゃん」



彼の名前を呼び続ける。
名前を呼んだら彼がヒーローのように駆けつけてくれるなんて馬鹿なことを信じたわけじゃない。

そもそも彼はヒーローなんてガラじゃないし。全然かっこよくなんてないし優しくもない。
いつも戯言だよ、って逃げてばかり。
ヒロイン
わたしの気持ちなんてお構いなしで。勝手に自己完結して罪を背負って。
何よりもまず女心を学ぶべきだと思う。
私に勝手に償うなんて。
残された私がそれで幸せになんてなれると思ったのか。




一回くらい怒ってみてもよかったのかもしれない。そう今さら思う。
このへたれ野郎!なんて、ね。
そしたら彼はどんな反応をしたのだろうか。何かが変わっていたのだろうか。
誰もいない箱庭で、つらつらと考える。





それでも。ヒーローなんてガラじゃなくても。



彼は私に逢いに来てくれた。

彼は私のそばにいてくれた。

彼は私を助けようとしてくれた。




わたしのために戦ってくれた。

私と世界を、一緒に世界を敵に回してくれた。


友達に、なってくれた。





誰にも渡したくなんてなかった。彼を自分だけのものにしたかったから私は。
デッドブルーは強欲。諦めることなんてない。私のものは私のもの。

だから彼を呪った。これでもうどこにもいかないと安心していたのに、彼は逃げ出した。

私はいったいどこで間違えたのだろうか。
やり直せるとは思わないし、たとえ時間が戻ったとしても自分は同じことをするだろうが、 純粋に疑問に思った。





上に向けて伸ばされた自分の手を見つめる。

少し前、なっちゃんが出て行った。

いーちゃんのところにでも行くのだろうか。でも、もう関係ない。
動き出した歯車は、もうけして止められないのだから。



伸ばした手をぎゅっと握りしめる。



そもそも、彼が来るという確証もないのだ。彼は嘘吐きだから。本当のことを言わないから。

もしかしたらあの言葉だってあのプロポーズだって嘘だったのかもしれない。

早く死んで自分を解放してほしいと願っているのかもしれない。

そうだとしたら、私は生き残れるのだろうか。彼が私の生を望んでなかったのだとしたら、あるいは。



いや、つまらないことを考えるのはやめよう。どうせすぐに結果はわかる。

くだらない考えを追い払うように頭を振り、ベッドから立ち上がった。






屋上に行こう。私の墓場へ。



彼を待とう。私の世界が終るまで。



すべてを終わらせよう。私と彼のこれまでも






たった一つの本音は、なけなしのプライドで飲み込んだ。









お願いだから おいていかないで

(別れのカウントダウンはもう限界まで迫っていた)























加筆修正:2010/8/4